宗教法人 東福寺

真言宗 御室派 東福寺

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沿革と境内

 沿革

縁起では、神亀元(724)年 忌部大祭主玉渕宿祢が忌部神社の法楽として、法福寺を建立、
さらに、東寺、西寺を建て、後東寺を東福寺と改め、忌部別当とした。
また、弘法大師が巡錫の時、南山に宝剣が下るのを見て、不動明王を刻み本尊として、
弘仁3(812)年に開創したとも伝う。
天正10(1582)年長宗我部元親氏の兵火に罹り、慶長2(1597)年僧宝光が中興して宝光院とした。
文化2(1805)年1月消失、同3年吉良より現地に移転、天保4(1833)年再建し,現在に至る。
明治7(1874)年12月当寺に公立の端岳小学校を創立、同32年長瀬尋常小学校に高等科設置の時、
高等科を当寺に置いた。
平成元(1989)年12月、新四国曼荼羅霊場八十八ヶ所が開創され、第70番札所となる。
平成2年11月、美術館建立(美術館参照)。
平成16年10月、中興407年記念事業として、本堂屋根改修、鐘楼堂・庫裡建設が落成した。
平成17年7月、小学生の三日坊主修行10周年記念に子供達の健やかな成長を祈って、
子育て観音を建立(広報2参照)。
平成23年12月9日東福寺本堂が、国登録有形文化財 答申され平成24年2月23日登録になりました。 
平成24年12月末、護摩堂建立。
住職が交代しました

当寺の沖田定信師は昭和37年に住職を就任して以来45年間勤めましたが、
この度、子弟の沖田憲信師に平成18年6月15日付けをもって住職を交代し、名誉住職になりました。
前住職は平成18年5月21日より総本山仁和寺の総務部長に就任しました。
4年間の任期を満了して、平成22年5月21日より自坊に帰りました。

 

 境内

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全景

 

山門

 

本堂

境内図
【全景】
東福寺全景(平成18年5月3日撮影)と 東福寺境内図。
 

  【山門(町指定文化財)】
明治29(1896)年大工切上(藤原)勇吉、彫刻は脇町拝原の彫師9世三宅石舟斉、和漢折衷の入母屋楼門造、本瓦葺、間口3間(6.5m)、奥行き2間(4.5m)の「三間一戸」形式。徳島新聞「文化財を巡る」の連載2009年9月16日号で、東福寺の山門が、「随所に禅宗様式の特徴」の見出しで掲載された。詳しくは、徳島新聞社ホームページから「特集・連載」→『文化財を巡る』→[東福寺の山門(つるぎ町) 随所に禅宗様の特徴 9/16 ]で見れます。
  【本堂(国登録有形文化財)】
東福寺本堂 江戸時代 天保4(1833)年建立木造平屋建寄棟造本瓦葺 桁行26.2m 梁間13.1m当本堂は、東大寺を模して建てられた裳階(もこし)造りであるが、一部庫裡(くり(住宅))が併設されているため、下屋(げや)を廻らした平屋造りという。寄棟造本瓦葺で、周囲に下屋を廻らし、正面に唐破風(からはふ)造銅板葺の玄関を構える。正面は東向きで、東面に広縁を通し、その奥を八間取りとし、後列南から第二間目を本堂内陣とする。北寄りは、もと庫裡。風格ある外観の真言宗の本堂である

 

本堂・鐘楼

 

山門と本堂

 

本堂内陣

【本堂・鐘楼】
本堂は、天保4(1833)年建立。方丈、庫裡併設で東大寺を模して建立。本瓦葺、寄棟造。桁行13間(26m)、梁行6間半(13m)。
鐘楼は、平成16(2004)年建立。3×3m、本瓦葺、入母屋造。
 
  【山門と本堂の薄化粧】
例年より早く12月4日に初雪が降り、薄化粧となりました。
  【本堂内陣】
本尊 不動明王 脇侍 地蔵菩薩・弘法大師下段に大黒天と愛染明王をまつる。

 

本堂・鐘楼

 

山門と本堂

 

紅葉の境内

【護摩堂】
平成24(2012)年12月末建立木造寄棟造本瓦葺 桁行7m 梁間6m
  【護摩堂内陣】
本尊に不動明王 脇物に毘沙門天 弁財天を祀る
  【紅葉の境内】
境内にある20数本のモミジの紅葉は11月中旬が見ごろ。

 

護摩堂内陣

 

如意輪観音

 

九重層塔

【子育て観音】
三日坊主修行10周年記念に当たり、平成17年7月30日開眼、聖観音立像を建立した。(広報2参照)花崗岩製、像高 5m、全体高 8m。
  【如意輪観音】
子育て観音像の台座内部に、宮殿を置き、如意輪観音像を安置し、祈願所にした。如意輪観音は、一面六臂の思惟坐像で、6本の手のうち2本は如意宝殊と法輪を持ち、如意宝殊とは全ての願いを叶え、法輪は人々を苦悩から救う。
  【九重層塔】
この層塔は十三層塔であったが、中四層が欠損している、相輪・宝珠の形、笠の軒の垂直・反り、四方仏の大きな月輪等に鎌倉時代の特色が見られる。

 

庭園

 

さつきの庭

 

泉水の庭

【庭園】
本堂正面の枯山水の庭は、本尊不動明王の種子(梵字)カーン字の形で地割りした曲水の庭である。正面に不動三尊を現し、蓬莱山や宝舟も置き神仙思想も入れた庭でもあります。庭内には元禄3(1690)年の春日灯篭、鎌倉時代の層塔、町指定天然記念物の銀モクセイもある。
  【さつきの庭】
樹齢250年以上と云われる、高さ3m、広がり5mのさつき。
  【泉水の庭】
本堂裏には、滝と池の庭で、鎌倉時代の四方仏のつくばいや千株以上のエビネランやシャクナゲがある。

 

庫裡の南天の床柱

 

書院の空海の詩二首

 

 

【庫裡の南天の床柱】
境内や裏山には数百本の南天があり、南天(難転)の寺とも言われている。庫裡の床には南天の床柱(中柱)がある。
  【書院の空海の詩二首】
関市住いの平田蘭石氏の篆字で書かれた襖。平田蘭石氏は日本篆刻家協会常務理事、審査員。日本書芸院理事、審査員。中部日本書道会理事、審査員。